教室日記vol.16

vol.15からの続きで、この章最終回です。

さよならシエナ

全てが終わり(講習会の一部は続いてます)6週間以上過ごしたアパートを引き払い、部屋に鍵を残して退出します。
エレベーターのない5階建ての建物ともお別れです。
講習会で知り合った数名の人たちが見送りに来てくれました。
見送りされる方は申し訳ないやら恥ずかしいやら、寂しく感じてしまいます。
フィレンツェ行きのバスに乗り込み出発し始め、来てくれたみんなに手を振り、段々街並みが遠く、小さくなっていきます。
マンジャの塔が微かになった瞬間思わず涙してしまいました。
きっと今まで経験しなかった素晴らしい時間、文化、風習、目にするもの全てが充実した2カ月弱に感謝です。

日本への帰り方ですが、まずパリに行かなければなりません。
往路はローマ着でしたが、復路の選択が出来ず(これが当時の早割航空券の特徴の一つでした)パリ発成田着のアエロフロートです。
現在はリコンファーム無しで大丈夫ですが、当時はそれをしないと乗れませんし、オープンチケットにしている為パリのアエロフロートのデスクに行って乗れる便を選択しなければなりません。
しかも1991年という年に何があったかと言うとソヴィエト崩壊です!それも夏に
ゴルバチョフさんが軟禁されて軍部によるクーデターがありアエロフロートが使えるか、と若輩者には何が何だかわからない状態です。

という事でフィレンツェ~パリの移動です。
夕方にフィレンツェに着いて一泊して(シエナで頂いた賞金で奮発して4つ星⭐⭐⭐⭐に泊まり)
次の日の朝、先ずは電車でミラノに向かいます。
ここからローザンヌへ国際特急列車(今はECのシェンゲン条約間なので何も問題ありませんが)を利用するのでスイス国境でパスポートコントロールの係員が電車に入り一人一人チェックします。
こういうのも初めてなのでちょっと緊張します。
しかも永世中立国なので機関銃を持ってますから。

無事通過して、そこからは感動の連続です。
車窓からあのアルプスが見えてきました!
あまり山に興味を持たない、どちらかと言えば海派なんですが、この時ばかりは選んだルートが大正解だと満足します。
美しくそそり立つマッターホルンやユングフラウといった山々に見とれてしまい興奮状態でお昼ご飯食べるのも忘れてしまいました!

ローザンヌに到着。
ここで小一時間待ち合わせでTGVに乗りパリへ、なんですがこのローザンヌ駅がまたまた素晴らしい駅で近代的でなく、どこか懐かしい感じがして「なんだろう銀河鉄道999に出てきそうだな。」と思う程、夕方の陽射しが木漏れ日の様に入り込んで美しい景色を漂わせます。

さあ最後の列車でパリまで一気に向かいます。が、隣に座ったお兄さんが話しかけてきます。
アルジェリアの方で休みに地元に帰っていてこれから仕事に戻るんだそうです。
そして、こちらがパリは初めてだと言うと〈知り合いがやってるホテルに泊まりなよ安心だから〉とメモにそのホテルの住所と名前を書いてくれました。
アッという間に(お兄さんとの話もですがTGVは速いので)パリに着いてすっかり夜の22時過ぎになってしまったので、教えてもらって恐縮ですが、駅から一番近いホテルにチェックインします。

因みに私はフランス語は全くダメです。
なので今回強力な助っ人に頼ります。
芸高の同級生の女性でパリに留学中です!
しかもフランス語ペラペラだそう。
次の日の朝、彼女に電話をしたらお昼にホテルまで来てくれました。(うーん、ラッキー。)
事情を説明して、「だったら今からアエロフロートのデスクに行こうよ!」と案内してくれました。
あとは航空券が利用可能な状況かと祈るばかりです。

事務所に着いて、自分の番になりました。言葉がわからないかもしれないので彼女に近くにいてもらい、
名前を呼ばれ受付窓口に行くと日本語で「いらっしゃいませ。お待たせいたしました。」とどう見ても日本人の女性が対応して下さいました。

エエーッ?!
パリにあるアエロフロートの窓口に日本人?頭の中で【?】が・・・・。
先ずビックリ仰天でその後「あ~、よかった!」と安堵感が溢れます。

10分もしないうちにオープンチケットを明日のモスクワ経由成田行き便を確約してもらいました。
国のゴタゴタは関係ないらしく、本当に肩透かしを喰らった感じで、わざわざ付き合ってくれた同級生にも何だか悪かったような。

その後お礼も兼ねて夕飯をご馳走させていただきました。
いやはや、結果オーライで無事に帰れそうです。

いよいよヨーロッパともお別れの日、ドゴール空港の出発カウンターを通過し、飛行機に乗り込む時「もう暫くは来ないんだろうなぁ。」と。〈実は1年半後またこの空港を利用するのですが〉
いろんな事を思い出しながら帰りの途につきます。
この日記に書ききれなかった当時日本でブームだったティラミスやシエナのバールではまったウォトカメローネ(メロンフレーバーの弱めのウォッカ。甘くて食後にぴったり)生ハムメロン、等。

成田に着いたのがお昼過ぎだったので、何だか大学の友人に会いたくなり、上野駅で降りて学校に直行。
ほんの2カ月いなかった位なのに、随分離れてた気がします。

今の私の演奏の大部分はこの2カ月弱で育てられたと言っても過言ではありません。
勿論今までの先生方のレッスンや高校、大学の仲間とのアンサンブル等もそうですが、音楽の本場での刺激や楽しさ、素晴らしさは言葉では言い表せません。

そんな事を言ってたらもう夏も終わりそうです。
皆さん熱中症に気をつけて下さいませ。
最後までお読みくださりありがとうございました。

教室日記はまだまだ続きます。

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